愛加那無情

 

愛加那無情

 

作詞:平達也

作曲:久永美智子

編曲:中島昭二

 

詞の後に、作詞者の想い、物語の時代背景等も

載ってますので是非ご覧下さい。

 

愛加那無情

作詞:平達也

作曲:久永美智子

編曲:中島昭二

 

流れる時代に 我が身をゆだね 契り交わした 夫婦星

わずか二年の 奄美(しま)の妻 役人舟が 近づいて

西郷隆盛人(いとしいひと)と 運命(さだめ)の別れ 

白間(しろま)の浜に ああ、涙の雨が降る

 

セリフ 

夫婦契りのサンゴン儀式… あれは遠い日の 夢の出来事だったのね

あなた、突然お別れですか 加那は…愛加那は悲しくて死にとうございます

 

幼い菊草(むすめ)と 母子の別れ こらえきれない 淋しさを

耐える愛加那 奄美(しま)の妻 泣いているよな 南(はえ)の風

再び三たび 試練をむかえ 白間(しろま)の浜に ああ、涙の雨が降る

 

セリフ

ああ、我が娘(むすめ)、菊草(きくそう)~ あなたも母をこの島に

おいて行ってしまうのね 母を母を一人ぼっちに しないでおくれ 菊草~ 菊草~

 

せつなく見つめる 竜郷港(たつごうみなと) 遠く去り行く 船影に

あわれ愛加那 奄美(しま)の妻 恋しい菊草(わがこ) 呼んでみる

アンマよ、アンマ 千鳥の声が 白間(しろま)の浜に ああ、涙の雨が降る


作者の想い

西郷隆盛の、島妻愛加那が亡くなって110余年、愛加那23歳で結婚、西郷との2年有余の新婚生活では、愛加那にとって幸せな楽しい時期がありました。

しかし夫、西郷と別れ子供らも鹿児島へ引き取られ、一人島へ残された愛加那の一生は淋しいものであったようです。

 

別れた後雨の日も風の日も、浜に出て、娘菊草の帰りを待っていたといわれています。

15歳で鹿児島に渡った菊草は、その後二度と母、愛加那に逢うことはありませんでした。

 

作品のタイトルを決める際、愛加那無情にするか愛加那物語にするか迷ったことがありました。

愛加那無情だと少し強烈すぎる感じがしたからです。

確かに妻側からみると情け無用の感じもありますがその時代背景を考えると西郷自身も世の中の動きにあわせざるを得なかったのかもしれません。

 

奄美大島の古本屋で初めて、西郷隆盛関係と島妻愛加那を記した本に出会ったのが作詞のきっかけでした。

今回偶然知りえたことですが、私自身愛加那の従妹と遠い親戚であることがわかりました。

そんなこともあって愛加那側にたって愛加那無情を作りました。

 

追記~愛加那は26歳で家族と別れて、奄美大島竜郷町で一人淋しく40年間を過ごしています。

66歳の夏明治35年8月27日、畑仕事中に脳溢血で倒れて亡くなっています。

盛大な葬儀が行なわれたといわれています。

/作詞者:平達也